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スポーツという宗教への投げ掛け

多くの人が熱狂、心酔するスポーツに対して、現代、過去を踏まえ、気ままに投げ掛けていきます。

野球教 野球人

これまで自身が経験してきた、研究をしている野球について多少批判的に書いていく。

 

元野球部、野球経験者なら理解が早いと思うが、日本の野球界では独特および異常なまでの雰囲気を纏っている。

 例を出せば上下関係、規則(部則)、指導者との関係、それを取り巻く環境や人物etc...

日本ならではの独特な者が見られることが多々ある。

詳細は

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野球を学問する 単行本 – 2010/3桑田 真澄 (著), 平田 竹男 (著)

高校野球「裏」ビジネス (ちくま新書) 新書 – 2008/3

軍司 貞則 (著)高校野球が危ない! 単行本(ソフトカバー) – 2007/7/31小林 信也 (著)

(上記3点 amazonより)

などなど、様々な書籍で確認できる。

 

では、一体それらを構成する要素は何だ?

正解があるわけではないが2つの意見を述べていきたい。

 

1つは指導者との関係。

この話題だけに後述する予定であるが、

野球は、戦時下より続く、

飛田穂洲の「純正野球道」(野球記者時代 飛田穂洲選集 ベースボールマガジン社)の精神が受け継がれているのではないか、影響されて指導者が体罰に走る傾向も多い。

その下では。「指導者は絶対」の構図が出来上がり、

指示をされなければ動けない「指示待ち人間」が出来上がることや

指導者が定めた風習や部則に異常なまでに従う構図ができるのではないか。

当然、多く叫ばれている一環指導システムの構築や指導者ライセンスなど

これらの対策についてはまた後。。。

 

2つ目は「逸脱」。

非常に当てはまると思う構図がある。

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(野球における「逸脱」の過少同調過剰同調 Coakley Jay. Donnelly Peter. 

2013 改変)

この図式から見えるのは、野球に関してはどちらも兼ね備えている形である。

過少同調では、異様にルールに厳しく、破ればグラウンド100周、問答なしで坊主など当事者の意見、気持ちを聞くまでもなく決定する形が多くあり、それが当然とされている環境が多く見受けられるのではないか。

 

過剰同調では、ひと昔前までの水を飲むな!休むな!の時代が嘲笑されてはいるが、今なお「根性」に基づいた連日の200球近い投球や、勝つためにサインを盗み見る行為などが美学として根付いていること、また、勝利を中心に大衆受けがあることは認知しうるところであろう(下記記事 例)。

山本昌がプロ適性を診断 「甲子園で熱投した11人のエースたち」|高校野球他|集英社のスポーツ総合雑誌 スポルティーバ 公式サイト web Sportiva

特にメディアを中心にスポーツに親しむ人々には顕著にある考えかと思われる。

効率的な練習の導入などが徐々にされ始めてい入るが、そこには社会階層の問題も乗っかり、時間がかかるであろう。そのためにはコーチという免許がひつよ...

 

このように感じたことを述べていきたいと思います。

他の着眼点、意見などどしどしいただけると幸いです。